楽天イーグルス 設立~2010年をおさらい!こんな歴史があった!?

みなさん初めまして!!

ライトのポジションから鋭いまなざしを送る

『ライト番長』

です。

(打球が来るなオーラ全開!)

 

今日から楽天イーグルスに関する情報を、このブログで面白くお伝えしていきます。

 

で、この記事を読んでくれているアナタ!

まずはこのブログに来たことだけで、自分で自分を褒めてください。

 

それはなぜか?

どこよりも分かりやすく、面白く楽天イーグルスの情報を届ける

そんなブログに出会えたから。

野球初心者の人でも楽しめて、友人や会社の同僚にドヤ顔で話せるようなネタも用意します。

このブログを読めば、野球に興味のない彼女もきっと観戦に行きたくなる!?

 

そんな素敵なブログです(笑)

 

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では、人生のバイブル

「ライト番長の勝手に楽天応援ブログ」

の最初のネタは、やっぱり球団情報から。

(ベタだが文句は言わせない!)

 

 

楽天イーグルス球団情報

球団正式名称

東北楽天ゴールデンイーグルス

 

通称

・東北楽天

・楽天

・イーグルス

 

保護地域

宮城県

 

本拠地(球場)

楽天生命パーク宮城

 

所属

パシフィック・リーグ

 

オーナー

楽天株式会社 三木谷 浩史

 

 

楽天イーグルスの歴史①

【2004年】

球団誕生の発端となったのは、オリックスブルーウェーブ近鉄バファローズ合併問題

そしてこれを機に、球団数削減や1リーグ制などの球界再編問題も話し合われたが、ファンの猛反発や選手会の日本プロ野球初のストライキ決行などにより阻止。

 

何とか12球団での2リーグ制を継続できたが、しかしオリックスと近鉄の合併は決定したため、新規参入する新球団を求めることとなった。

 

そこにライブドア楽天が名乗りを上げる。

楽天はその後、

9月24日 宮城県を保護地域にすると表明

10月 5日 キーナート氏のGM決定

10月13日 田尾安志氏の監督決定

10月22日 球団名が正式決定

を発表。

 

そして11月2日、楽天の参入が承認された。

(新規参入は、1954年の「高橋ユニオンズ」以来50年ぶり)

 

その後、11月8日に「選手分配ドラフト」が行われ楽天の所属選手が決定!

 

11月17日には楽天イーグルスとして初のドラフト会議に参加。

栄養費問題でモメた一場など、即戦力の6選手を指名した。

 

また、オフには自由契約となった山崎武司関川浩一飯田哲也などを獲得。

分配ドラフトで指名されたがオリックス入団を拒否していた岩隈久志も金銭トレードで獲得。

着々と戦力アップを目指した。

 


【2005年】

2月1日、沖縄県久米島で春季キャンプを実施。

2月26日には巨人相手に楽天初のオープン戦が行われた。

 

そして3月26日にパ・リーグが開幕し、千葉マリンスタジアムでの千葉ロッテマリーンズ戦が楽天として公式戦の初戦となった。

試合は先発の岩隈が完投し、3-1勝利!!

しかし翌日には同じロッテ相手に、0-26という歴史的大敗を記録。

(これは2リーグ制になってからの最大得点差…)

 

結局この年は38勝97敗1分最下位

なんとかシーズン100敗は免れたが、田尾監督は解任

後任には野村克也氏に。

 

この年は、

仙台にプロ野球チームが誕生し、試合をした

というだけで地元のファンは満足。

 

弱いのは始まる前から分かっていた。

「来年は頑張れよ!」というファンの声が多かったことが印象的。

シーズン後のドラフト会議では、のちに楽天を支える銀次を獲得。

その他、青山浩二草野大輔片山博視など11選手を指名した。

 


【2006年】

この年最大の出来事は、シーズン終了後にあった。

9月25日に行われた高校生ドラフトで、日本ハム、オリックス、横浜との競合の末、あの選手の交渉権を獲得!!

その選手とは、田中将大

プロ入り後の活躍はみなさんご存知の通り。

 

その他、キャンプ前に

ホセ・フェルナンデス

リック・ショート

という優秀外国人選手も獲得し、戦力の充実ができた年となった。

(この年、ホセ・フェルナンデスは球団初のベストナインを獲得)

 

また、この年から野村監督が指揮を執った。

初年度よりは勝率が上がったが、それでも47勝85敗4分で2年連続の最下位…。

 

「あの野村監督でもダメか…」

という空気があったが、田中将大の加入で将来に夢を持つことができた。

 

ドラフト会議では他に、永井怜嶋基宏渡辺直人などを獲得。

 


【2007年】

この年で3シーズン目となるが、戦力が整ったおかげでそれなりにプロの野球を展開できるようになった。

(初年度は草野球レベルと言われていた…)

 

年間成績は、67勝75敗2分4位

最下位脱出に仙台の街は沸いた。

 

この年は球団初のタイトルも獲得。

山崎武司本塁打&打点の二冠田中将大新人王を獲得した。

 

7月のオールスターには楽天の8選手がファン投票で選出。

田中松本輝福盛高須鉄平礒部山崎

しかし実力では劣る選手もいたため、組織票の疑いで一部の関係者から批判される目に。

(楽天ファンの情熱はアピールできた)

 

ドラフトでは、5球団の競合した長谷部康平聖沢諒などを獲得。

 


【2008年】

開幕4連敗でスタートするがその後7連勝し、4月3日に球団史上初の単独首位!!

(しかし2日後に首位陥落…)

 

交流戦では初の勝ち越しなど前半は好調だったが、7月以降に失速。

その結果、65勝76敗3分5位でフィニッシュ。

 

契約満了を迎える野村監督だったが、契約の延長が決定。

そしてシーズン途中にフェルナンド・セギノール、シーズン終了後には小坂誠中村紀洋が加入し、さらなる戦力強化を図る。

 

リック・ショートが.332で首位打者を獲得。

 

この年のドラフトでは6選手を指名したが、結果を出したのは6位の辛島航ぐらいか。

 


【2009年】

開幕から好調を維持し、初めて4月を首位で終える。

 

しかし5月中旬に首位陥落。

交流戦も負け越し、

「結局前年と同じか?」

とファンは心配したが、8月以降に息を吹き返す。

最終的には77勝66敗1分3位で、シーズン初勝ち越し、初Aクラス、CS初出場を決めた。

 

CSの第1ステージはソフトバンクに勝ち越したが、第2ステージで日本ハムに敗退。

 

CS終了後、野村監督は契約満了で退任。

後任は、広島の監督だった「ベース投げ」で有名なマーティ・ブラウン氏が就任。

 

鉄平が.327で首位打者を獲得。

 

ドラフト会議では花巻東の菊池雄星を指名するが、6球団競合の末、西武に奪われる。

 


【2010年】

前年度好調だった楽天の指揮を執ったブラウン監督

しかし結果を出せず、気がつけば6月下旬から最下位に…。

結局、62勝79敗3分最下位のまま終戦。

 

今シーズン最も目立ったのはブラウン監督

なんと、シーズン中に4度退場

暴言を吐いたり、ホームベースを砂で隠すなどやりたい放題。

9月23日の西武戦での退場宣告後には、二塁ベースを投げようとしたが固定されていて抜けず、ベース投げ未遂に終わった。

(これにはがっかりしたファンも多かったはず)

 

シーズン終了後、ブラウン監督は解任。

後任は星野仙一氏に。

 

ドラフト会議では、塩見貴洋美馬学らを獲得。

 


 

 

今回はここまで。

2011年以降の歴史はまた次回。